過去編・その1

二つの響きが育つころ

あらすじ

幼いスミーと住意山の、出会いの物語。
少女と山。二つの心が少しずつ育ちながら、互いに重なり合っていく。

目次

【山の目覚め】

とある地方に、住意山(すみいさん)という山がある。
「心が住まう山」の意味を込めて、そう呼ばれている。
山の奥には意識が宿り、不思議な生き物が出るらしい。大昔には、そのような言い伝えがあった。
しかし伝承の信憑性を誰も証明できず、住意山は長い間、ただの山だと思われていた。

時代が下るにつれ、この山の周辺にも近代化の波が及ぶ。
平野には市街地が栄え、山へのアクセスが整いはじめ、麓の里も賑わいを見せた。
森の一部は拓かれ、車で通れる道が少しずつ延びていく。
その過程はまるで、山そのものが文明を覚えながら、里の人に育てられているかのようだった。

【幼少期】

住意山の開拓と同時期に、麓の里ではひとりの女の子が生まれ、順調に育っていた。
山内 住(やまうち すみ)。あだ名はスミー。
家族もスミー本人も、ごく普通の人間である。

小学生時代の彼女はある日、社会科の授業で地元の山について学ぶ。
「住意山」という名前が自分に似ているのを、面白い偶然だな、くらいに思っていた。
でも、友達が冗談交じりに山を「スミーさん」と呼んだとき、その響きがどこか他人事ではないような感覚がした。

別のとある日には、山へ遠足する行事があった。
昔から知的好奇心が旺盛で観察癖があったスミーは、山の風景をじっと見ることを楽しんでいた。
すると、青白く光る小さな動物が、興味深そうにこちらを見つめ返していることに気づく。
学校へ帰ってから図鑑を読んでも、そんな生き物は載っていない。

あの生き物をもう一度確かめたい。あの場所に、また行ってみたい。
その頃から彼女は、山に特別な感情を抱くようになっていた。

【思春期】

思春期からのスミーは、自己観察をよくしていた。
体の状態や感情のゆらぎを通じて、自分の内側を知ることに興味があった。

そんな彼女は、林道を歩くのも好きだった。
住意山の歴史や地理、生態系に詳しくなり、地元住民としての愛着を持っていた。
それでも、幼い頃に見た謎の生物については、未だに詳細が掴めないままだった。

林道を訪れるとき、風景の細かな変化に気づく。
スミーの機嫌がいいときには、森は明るく暖かく、とても居心地が良かった。
気持ちが落ち着かないときには、木々のざわめきが不安をさらに掻き立てた。
どうやら、なんとなく似ている。まるで自分を映す鏡のよう。
漠然とした予感は、山へ通うたびに確信へと変わる。

「やっぱり、この土地は……。
 名前の通りなんだ。
 言い伝えは本当だったんだ。」

古い伝承を思い出すスミー。
この山には意思が宿り、不思議な生き物が現れるという。
じゃあ、あの青白い生き物もきっと……。

「あの頃からすでに、この山は私に気づいていたのか。」

山の心の動きが、直感を通して伝わってくる。
山もどうやら、山自身のことを知りたいらしい。
心の観察が得意なスミーは、山の望みに応えることにした。

「一緒に、自分を探っていこう。」