ワタシに会いたい、の巻
2020年10月6日+他
part1/6
ワタシに会いたい、の巻
- 太17 「アナタに会いたい……近づきたい」
- 太17 「この目で確かめたい、アナタの姿を、全容を……知りたい」
- 太17 「タイナ……!」
- 海13 「キミは途方もない願望を抱いているね」
- 海13 「神を見たいボクも他人のことは言えないけど」
- 海13 「因みにそれは、鏡を用意して叶うものではない。そうだろう?」
- 海13 「だってキミ、そこのガラスに映るキミに見向きもしないじゃないか」
- 太17 「あっ、本当だ」
- 海13 「まるで視界に入るのを避けているかのようだ」
- 太17 「ええ。外見に関しては、その……」
- 太17 (……冷たいガラス越しに見たって、結局は)
- 海13 「でもキミはそこに居るよ」
- 太17 「た、確かに」
- 太17 「アナタが世の真理に立ち会いたいように、ワタシは人の心理を観たいのですよ」
- 海13 「それも普段から避けているんじゃないかな?」
- 太17 「刺激があまりにも強すぎるので……」
- 海13 「そうかい」
- 海13 「さて、本題に入ろう。キミが観たいものは」
- 海13 「キミの心で間違いないね?」
- 太17 「はい」
- 海13 「心の形に対するボクの見解は、キミが望むものとは異なる」
- 海13 「ただ、キミの夢を崩さない範囲で協力しよう」
- 太17 「ありがとうございます」
- 海13 「ああ、まずはその前に。温かい膝掛けをどうぞ」
- 太17 「は、はい。どうも」
- 海13 「途中で眠くなってもいいし、聞き流してもいい。楽な姿勢でね」
- 海13 「準備はできた?」
- 太17 「……はい」
part2/6
- 海13 「今からいう言葉に続いて。私はここに居ます」
- 太17 「ワタシはここにいます」
- 海13 「私はここに居ます」
- 太17 「ワタシはここにいます」
- 海13 「うん」
- 海13 「そうだよ。キミはずっとそこに居る。昔からずーっと」
- 海13 「どこに居るか分かるかい?」
- 海13 「キミの意識の中さ」
- 太17 「ここが……! いえ、ここもですか? ミイサの祭壇ですが」
- 海13 「そうだよ」
- 海13 「どこに動こうとキミはいつでもそこに居る」
- 海13 「キミの中にいる」
- 海13 「これはボクも同様だ。今回はタイナの視点に絞るよ」
- 海13 「外界の刺激は常にその身体に映し出されるが、一度に把握できるのはほんの一握りだ」
- 海13 「だから、見える世界は一人一人違う……キミが見ているのは、キミが独自に再構築した世界ともいえるだろう」
- 海13 「この部屋も、あのガラスも、祭壇の火も……そしてここに居る誰かも」
- 海13 「ぜんぶキミの感覚によって色付けされている。もはやキミ自身の一部と言ってもいいんじゃないかな?」
- 海13 「心の全容とはつまり、キミが知っている世界、その全体を包むベールそのものなんだ」
- 海13 「普段は気づかない真後ろの部分も全部ね」
- 海13 「太陽光が物の形を明らかにするように、意識の光も、それを試みる」
- 海13 「そして太陽光のように、事象に行きわたり、その意識は様々な輪郭を得る」
- 海13 「もちろん届かない暗闇もあるけど……自然なことだ」
(話を聞きながらウトウトし始めるタイナ)
- 海13 「うん、その調子。その調子だよ……」
part3/6
- 海13 「さて。今のキミには何が映っている?」
- 太17 「わっ!?」
- 太17 「ああ、ちか、近い……ミイサの目が、目だけが見えました、すぐそこに」
- 海13 「驚くようなことかな?」
- 太17 「そりゃそうでしょう」
- 海13 「そうか。キミは今、驚いている」
- 太17 「……驚いてっ……いる」
- 海13 「お手本のように慌てているね。驚かし甲斐がある」
- 太17 「わざとだったんですか」
- 海13 「されても別に驚かないが、人はこの状況で恐怖を覚えるものらしい」
- 太17 「知ってるじゃないですか!」
- 海13 「むしろ、ここまでして未だに信頼されているのが驚きではあるな」
- 太17 「長い付き合いですからね。アナタなりの手加減があることは知っています」
- 海13 「まったくどこまでもお人好しだ。有り難いことだよ」
- 海13 「それじゃ、もっとよく見せてね」
- 太17 (う……近い!)
- 海13 「こっちの世界には今、キミの目が全面に映し出されているよ」
- 太17 「言われると余計に恥ずかしい……」
- 海13 「おや、キミはその目を恥ずかしいと思っている?」
- 太17 「見つめ合うこと自体がですよ」
- 海13 「そうか。見られることって恥ずかしいんだ」
- 海13 「こっちは何とも思わなかったな」
- 太17 「……でしょうね」
- 太17 「ミイサの世界では、これも当たり前なんですか」
- 海13 「出来る限り真実に近い姿を確認したいだけだよ」
- 海13 「しかし勿体ない。見れば見るほど鮮烈で、煌びやかな虹彩をしているのに。深層まで突き刺すような視線をしているのに」
- 海13 「いつもの笑顔の裏にこんな眼差しを隠しているのを、誰も知らないままというのは」
- 太17 「あ、あの。本気で言ってます?」
- 海13 「ん? もちろん冗談だとも」
- 太17 (はぁ……よかった……)
- 海13 「ウフフ」
part4/6
- 海13 「真実も現実も確かに重要だが、幻想を完全に見捨ててしまうのも名残惜しい」
- 海13 「だからこうして、価値をわざわざ色付けしている」
- 海13 「そしてキミもしている。何をしたかな?」
- 太17 「動揺してます、ずっと」
- 海13 「うん。目の前の事象に驚いたり、恥じらったりした」
- 海13 「時には恐怖すら覚えただろう?」
- 太17 「うっ」
- 海13 「アハハハハ!! 遠慮しなくていいんだよ!」
- 海13 「これらの反応は表に出やすく、自覚も容易。サンプルとして挙げるには最適だ」
- 海13 「お互いの信頼や友好の意よりもずっとわかりやすく観察できる」
- 太17 「そ……そういえば、他にも感覚があるのを忘れていました。目先のできごとに、気を取られて」
- 太17 「言われてみないと気付かないものですね」
- 海13 「感情にせよ思考にせよ、処理そのものは一瞬で終わる。具体化していれば長引くが……」
- 海13 「状況整理のためにも忘れるのが自然だ。バックグラウンドのプロセスに任せておけばいい」
- 海13 「しかし現在の狙いは、それらの処理を少しでも垣間見ること」
- 海13 「先ほど表れた『目先の』反応に、もう一度焦点を当ててみようか」
- 太17 「えっ、またアレ……やるんですか」
- 海13 「そのつもりだったが、今の発言だけでも良さそうだ」
- 海13 「状況に対する動揺、困惑、気づいたこと」
- 海13 「ボクには感じないことを感じている。その反応は、キミのものだよ」
- 海13 「事象と融合した、キミの心がそこにあったんだ」
part5/6
- 太17 「……そう、ですか」
- 太17 「確かに、あったのですね。その一瞬に」
- 太17 「ある、と実感したくても、空気を捕まえるみたいに消えてしまって、だんだん寂しくなります。何だか逃げられた気分で」
- 海13 「なるほど。実感がすぐに薄れて寂しいんだね」
- 太17 (あ……そうか。そう思ってたんだ)
- 海13 「何もかも一瞬のことだから、これは仕方ないかな」
- 海13 「でもほら、また新しいのがやってくる。感じてごらん」
- 海13 「ここに座っている」
- 海13 「椅子の感触はどうかな」
- 海13 「周りに何がある?」
- 海13 「薄暗い部屋だ」
- 海13 「明かりが揺れている」
- 海13 「相手の声がする」
- 海13 「何かを感じ取ろうとしている」
- 海13 「いま話す言葉を、聴いてくれてる」
- 海13 「今のも全部、そう」
- 海13 「心の本質とは情報だ。キミが神経を通して入力と出力を繰り返した、その両方の成果こそが、キミの心」
- 太17 「…………!」
- 海13 「五感で得た体験、意味と知識、身体反応の組み合わせ、感情表現」
- 海13 「周りに伝わる仕草、把握した世界、そう色々な姿をして」
- 海13 「ね、いつもそこにいる。絶え間なく存在している。キミは気づいてる? 自分のこと」
- 太17 「なんとなく、前より身近な存在になった気はします」
- 太17 「そばで寄り添ってくれる感覚に似ていて、落ち着きますね」
- 太17 「ああ……いるんだな、って」
- 太17 「そうか。ずっとここにあったんだ」
- 太17 「嬉しいな……」
part6/6
- 太17 「今日は何から何まで、お世話になりました」
- 海13 「どういたしまして」
- 太17 「でも、ごめんなさい。さっきまで聞いたこと、すっかり思い出せなくなってしまって」
- 太17 「不思議ですね。まるで夢から醒めたときのようです」
- 海13 「いいんだよ、人には取捨選択の自由がある。だけど、ほら……」
- 海13 「ワタシはいつもここにいますよ」
- 太17 「あ……」
- 海13 「思い出した?」
- 太17 「なんとなく!」
- 海13 「なら、上出来だ。またいつでも遊びにおいでよ」
- 海13 「ボクに遠慮も常識も要らないからね」
- 太17 「は、はい。またいつの日か」
その後……
- 太17 「ミイサは変人の一言で片付けられる凡人じゃない」
- 太17 「彼はただ……。ただ寛容なだけです」
- 太17 「寒気がするほど、どこまでも優しい」
~おわり~