関係ない話:ふらふらっとエゴ
2020年3月26日
いろんな人のnoteの記事を、無作為に読み漁っていると段々闇堕ちしかけるのですが、中身は良いものばっかし見られたので大収穫
ジャンルも文体のノリも様々で何もかも無作為に、気の向くまま
……と思いきや、関連記事のパワーワードに吸い寄せられて爆散もする
どれも内容は磨かれてクリーンなのに、あれが嫌いだとかこれがダメだとかいう文言を見るたんびに、これに属する我では良くないのかとついギクッとしてしまうんだ
人の好き嫌いはそのまんまで構わないんだけどね、直すとかじゃなく
(なぜならこの世、真逆の需要が水と油のように共存するから)
例えばでかいゲジゲジを見ても私は平気だけど、絶対むり! って人もいる
私はでかい音に耐えられないけど、それくらいの音を必要とする人もいる
逆に、私がもっと音量ほしくなって別の人にムッとされる場面だってあり得る
さらに例えばコインランドリーのことを「こよんよんよよー」って書き表したとして、これも平気か苦手かバッキリ分かれると思う
そして無難に不採用を選ぶ
これが、他者の好き嫌いに合わせて行動を矯正する社会的本能の健全な活かし所だ (?)
だけど不特定多数の誰かにとっての好き嫌い、それにふと出会うと、今まですぐ隣にあった自信がパァンと割れて行方不明になり、時間経過でいつのまにか戻ってくる
猫みたいに消えて、猫みたいに戻ってくる
これ (エゴ的なもの) 使って息していることを普段はなーんにも考えてないんだけど、今みたいに何かフッと気づくタイミングが訪れて、あぁそうかそうだったってなった後、数分の間は息がぎこちなくなるけど自然と忘れてしまい、また無意識に帰っていく